つくばの自宅より
執筆者:石塚 駿平
お金の起源は、物々交換。
お金が存在していない昔は、ものとものを交換する物々交換によって社会が成り立っていたが、それでは不便だということでお金が生まれた。
この話、FPであるあなたは何度も聞いたことがあるはずです。
でも、これって嘘なのを知っていましたか?
僕もこの話を最近まで信じていたのですが、実は、お金の起源は物々交換じゃないそうです。
もしお金の起源が物々交換ではないのであれば、何がお金の起源なのか?
あなたはわかりますか?
お金の起源の研究の結果
お金の起源が物々交換ではないという説を唱えたのは、デヴィッド・グレーバーという人物で、著書『負債論(Debt: The First 5,000 Years)』の中で詳しく述べています。
(といっても、僕はまだ読んでいないんですけどね・・・。時間がある時に読んでみたいと思います。)
物々交換がお金に変わっていったという理論は、アダム・スミスが提唱したもので、それ以来みんなその理論を信じるようになったけど、本気で人類の歴史を研究してみたらそうじゃなかったそうです。
物々交換というのは、考えてみるとハードルの高い取引です。
なぜなら、交換するものを両者が同時に保有している必要があるからです。
例えば、村人Aが畑で取れた野菜を、村人Bの魚と交換したいと考えている人がいたとしましょう。
その場合、村人Bが魚を持っている必要があります。
でも、魚は釣らないと手に入らないので、いつもあるとは限りません。
信頼関係を元にした贈与
そこで、どんな取引が発生するかというと、
『野菜をあげるから、魚が釣れたら後でちょうだい』
という話になります。
もしかしたら魚が釣れなかったりして、望み通り村人Aは魚をもらえないかもしれませんが、村人Aと村人Bはお互いを知っていて信頼関係があるので問題ありません。
言い換えると、信頼関係を元にした贈与が、村人Aから村人Bに対して行われたことになります。
そして、その贈与の対価として村人Bは村人Aに対して負債を抱え、後日に魚という形で返済をする、ということですね。
この取引の方が自然であり、昔の村やコミュニティはこれを元に成り立っていたそうです。
逆に、『日常生活が物々交換で成り立っていた社会』というのは、デヴィッド・グレーバーが調べた結果、一度も発見されなかったそうです。
物々交換は実はハードルが高い
確かに、よく考えてみたら僕達が物々交換をすることってまずないですよね。
それよりも、
『〇〇さんから前お土産をもらったから、お返しに何かあげよう』
という感じで、時間差で物の交換が行われる方が圧倒的に多いでしょう。
そう考えると、物々交換がお金の起源ではないことにも納得ができるのではないかと思います。
では、何がお金の起源になったかという本題ですが・・・
どうやら、『負債』こそがお金の起源のようです。
『誰々から〇〇をもらったから、後で返そう』
という負債が、時代を経て帳簿上の数字になるという変化がまず起きました。
例えばメソポタミアでは、粘土板に負債を数字として記録していたそうです。
そして、さらに時を経て、その数字を具体化する為にお金というツールが生み出された。
これが、お金が生み出された経緯のようです。
お金の本質とは?
つまり、誰かに何かをしてもらったたお礼の気持ちが、お金になったのです。
こう考えると、お金に対する見方が変わって面白いですよね。
お金は、物々交換に変わる便利なツールとして生み出されたのではなく、
『相手に何かを返したい』
という感謝の気持ちが記録されたものとして捉えることができます。
お金が生まれたことによって、取引相手以外の人にも感謝を伝えることができるようになったと言えるでしょう。
素敵なことですね。
また逆にマイナスの面を考えると、信頼関係のある人同士の負債のやり取りというのは、お互いのことを知っているから何かあっても許し合えるものですが・・・
負債がお金に変わり、そのお金が他の人に移ることで見知らぬ人が債権を持つということが起こるようになりました。
信頼関係のない人に対して債権を持った場合、そこに温情などは存在しません。
こういった本質を持ったお金が世界に広がり、膨張し続けた結果、人間関係が壊れる原因になったり、資本主義経済の限界が見えたりするという側面もあります。
結局、お金というのは扱う人次第なのですが、お金が生まれた経緯について考えてみると、色んな考えを巡らせることができて面白いですよ。
ここから色んな話に展開することもできるので、FPとして知っておいて損はないと思います。