最近、よく思うことがあるんです。
Facebookで何年前の今日。という投稿が上がってきますよね。
それを見て、「あ、この時ってとっても充実していたなあ」と思い返すことが多くなりました。
そして、ふと気が付きます。
「昔のほうが良かった」なんて言い出した瞬間、成長は止まっているということに。
言い方はキツいですが、これは本質です。
過去を褒めるとき、人は “今の自分の衰え” を誤魔化していることが多い。
たとえば私自身、最近10年前のメルマガを読み返して衝撃を受けました。
昔のほうが圧倒的に面白い。今より雑で、きれいな文章ではないけど、リズムがあって、自分らしさがあり魂があった。
今の文章はすごくキレイに整っている。
だけど、それって裏返せば 「無難にまとめただけ」 なんですよね。
失うものなんてほぼなかった頃は、言いたいことを遠慮なくぶっ放していた。
でも経験を積むと、人はどこかで “上手にまとめる自分” を正当化し始める。
これこそ守りです。
趣味もそうなっていた
趣味の登山や写真でも気付きました。
始めた頃はとにかく動いていたんです。
車中泊して遠征、山の中腹に泊まって星空を撮る。
自分の限界を知らないのに、タフなコースに挑む。
撮りたい写真を狙うために複数のカメラとレンズをぶらさげて一部の人からキモがられる。
とにかく「行ってみたい、やってみたい」だけで動く。
楽しかった。
今はどうか。
車中泊は面倒、寒いし、暑いし無理。
クマが怖い
無難な山でまとめる
誰でもきれいに撮れるカメラの力に頼る。
人の目が気になる…
趣味を楽しんでいるようで、いつの間にか趣味も守りに入っているなんて…
FPが守りに入った瞬間、価値は半減します
FP業界ほど、守りやすい商売はありません。
・炎上したくない
・読者に嫌われたくない
・批判が飛んできたらイヤ
・だから無難な情報だけ
そして気づけば、
「過去のほうが良かった自分」 が完成します。
進化とは、常に「余計なものを捨て続ける作業」です。
でも多くのFPは、歳を重ねるほど “余計な配慮” を背負って動けなくなります。
最近、全部ぶっ壊したくなっています
気づいたんですよね。
守りに入ってる自分ほど、見ていてつまらないものはないと。
だから今、私は全部ゼロに戻したい衝動に駆られています。
ゼロはさすがに極端ですが、丸くなってしまったところを研いでいきたい感じです。
・発信スタイル
・仕事の枠
・書き方
・見せ方
・価値提供の方法
全部ぶっ壊して、また「攻めの自分」に戻りたい。なんて思ったりします。
過去を褒め出した瞬間、人は下り坂に入る
あなたは最近こんなことを言っていませんか?
・昔のほうがうまく集客できていた
・昔のほうがやる気があった
・昔のほうが挑戦していた
・昔のほうが尖ってた
もし心当たりがあるなら、
それは時代のせいじゃなくて「自分の鈍化」です。
なんでも時代のせいにしてはいけません。
景気が悪い、時代が悪い、そんなことはありません。
何かを守り始めた瞬間、挑戦が減り、鋭さが消えていく。
FPでこれが起きると、もう危険信号しかありません。
進化は「壊すこと」からしか始まりません。
むしろそれを楽しめるかどうかが、独立をした最大の醍醐味とも言えます。
今年も年末。
来年の行動指針をそろそろ考えていきましょう。